(未掲1)
先頭 前 次へ TopPageへもどる
佐藤雅彦、竹中平蔵           「日経ビジネス人文庫」

「経済ってそういうことだったのか会議」より

  経済学者・竹中平蔵氏と人気クリエーター・佐藤雅彦氏が
  経済をやさしく解き明かす対談

経済の動きが直ちに日常生活に反映する時代になったのに,それが複雑化して理解を超えるようになってきた。
本書は,現代的な課題を,経済学の基礎から説明しようとするもの。貨幣の正体,株の話,税金の話など10章のテーマを実に平明に
説明している。
たとえば貨幣では,佐藤氏が小学生時代に流行った牛乳瓶の蓋集めの話を持ち出し,価値と交換を説明。
税金について竹中氏は「王様に税金の無駄遣いをさせないために,民主主義が発生した。
よい税金の条件は簡素,公平,中立を守らねばならない」と語っている。また「競争力をつけるために日本では、
政府が補助し,米国では競争させる」とも指摘,終章では「貧富の差の拡大を抑える機能を持った競争」を提言している。



  佐藤

本当はビールは喉ごしとか味なんですよね。
なのに、ピコピコつけてそのときの売り上げ伸ばして、
それを付加価値と呼んで奉るなんて・・・・。

  竹中

 そうなんです。
製品そのものにイノベーションがないから目先を変えることしか考えられない。
英語ではこういう言葉の使い分けがあるんです。
「コンペティティブ(competitive,競争的な)」と「コンピタント〔Competent,有能な〕。

コンペティティブとは、競争でほんの一歩くらい抜け出しているっていうイメージなんですね。
まさにビールのピコピコなんです。
一方、コンピタントという言葉は、一見似てるんだけど全然違うんです。
コンピタントというのは、何が起こってもやっていけるような力なんですね。
我々が社会に求めたいのは、このコンピタントであるということなんです。
 ところが今までの日本社会が求めてきたのは、
狭い範囲でコンペティティブであることだったんじゃないですか。
だから、銀行の競争が待ち時間を3秒減らすといったとんでもないことをやるわけです。

じゃあどうしたらコンビタントになるか。

それは単に連続した線上の予想され得る改革ではなくて、突出した、
非連続なイノベーションをどう生み出していけるかということだと思うんですね。
 ただ、一つ言っておきたいのは、経済学に基づいてオーソドックスに考えると、
競争がすべてを解決するなどということは絶対にあり得ないということなんです。
 よく市場万能主義みたいな言い方をされることがありますけれど、
私はまともな経済学者で市場が万能であるなんて思ってる人は、
一人もいないと思います
競争を野放しにしていると当然のことながら貧富の差が拡大するわけですから、
それを補うための制度を作らなければいけません。
一九世紀の資本主義というのは徹底的に競争した結果すごく貧富の差が拡大して、
その反動としてまた労働組合運動が過激化していくという失敗を招いているんです。
それで、20世紀に入ってから1920年ぐらいまで「変革の時代」と言われたように、
独占禁止法ができ、労働組合の権利が認められるようになったわけです。

  佐藤

 ということは、人類は今から百年も前に行き過ぎた競争は、
よくない結果を招くということを学習しているわけですよね。
ということは、我々はすでにそれに対する処方箋を持っているんですか。
あるいは19世紀と同じ轍を踏もうとしているんでしょうか。

  竹中

 新たな問題が持ち上がっていることは確かだと思いますね。
その典型が、アジアの資本移動です。
経済において資本の自由な移動というのは絶対重要ですよね。
外国の資本が自由にタイに流れ、インドネシアに流れ、マレーシアに流れてたから、
80年代以降のアジアの奇跡が起こったわけです。
ところがいったんダメとなると、
その反動で今度はものすごい勢いでそれらの国々から資本が逃げ出すんです。
まさにブレーキのないジェットコースターで、これは大変なことになるわけです。
資本の自由な移動は重要だけれども、いくら何でも逃げ足が速すぎる。
これでは安心できない。
この制度を何とかしようという議論をアメリカのメインストリームのエコノミストたちは、
かなり早い時期からやってるんです。
 その一つが「トービン・タックス」という考え方です。
トービンというのはノーベル賞をとったエール大学の教授ですが、彼は、
国際的な資本取引には税金をかけたうえで自由にやらせればいい、と言ったのです。
そうすれば逃げ足も重くなるだろうというのが彼の主張なんです。
これは傾聴に値する考え方なんですね。
実は数年前、トービンが日本に来たときに、私はコメンテーターをやらされ、
彼をすごく批判したんです。
「そういうことは現実には不可能じゃないか」と。
しかし、アジア危機のようなことが本当に起こってみると、
トービン・タックスのようなものも必要なのかなと私も思うようになりました。
実際、そういう議論が専門家の間では割ときちっとなされつつあるんです。

  佐藤

 そのトービン・タックスというのは具体的にどこかで採用されてるんですか。

  竹中

 チリやタイでこれに近いことをやったんです。
たとえば外国人がバンコクの銀行にお金を預けようとすると、
ふつうはより高い率の準備預金というのを積まなきゃいけないんです。
つまり、頭金の一部分をリザーブとして積んでおかなきゃいけない。
その積んでおく比率を高くしたんです。
こういう形で、外国人がバンコクでバーツ建ての通貨を持とうとするとき、
少し余分にお金がかかるようなシステムを作ったんです。

  佐藤

 じゃあ、国際的に「せーの」でやるんじゃなくて
それぞれの国が個別にやるっていうことなんですか。

  竹中

 本当はやっぱり「せーの」で国際的にやらなきゃいけないですよね。
けれどもそういう提案は、日本からは全然出てこないんです。
いつも出てくるのはアメリカとかヨーロッパのいくつかの国で、
日本はそれに対して賛成か反対か言うだけでした。
 ガット(GATT)のときのコメがいい例ですよ。
ガット・ウルグアイラウンドが始まったのが「1986年ですよね。
妥結したのが93年。93年の12月に合意するのですが、この間、
世界の貿易のシステムをどうするかという提案が、
アメリカからは100も200も出されているんです。
ヨーロッパからも50ぐらいは出されてる。ところが、
ある専門家の指摘によると、日本から出た提案はゼロなんです。
日本はそのとき何をやってたかというと、各国から出てきた提案を国に持ち帰って
「どうLようか」と相談ばかりしてたんですね。

佐藤

 アメリカはその提案というのを政府として出すんですか。
それとも学者が出すんですか。

竹中

 大変いい質問ですね。アメリカは学者が政府の中に入ってますから、
そういうものが出てくるんですね。
日本はそうなっていなくて、役人が利害の調整を行うという仕組みになってるんです。
実は、佐藤さんのようなイノベーターは、日本の政府にはいないんです。
 結果として、政治なんですよね。
政治が本当に国民のものになるような仕組みが、私はどうしても必要だと思うんです。
スイスのダボスで開催されるワールド・エコノミック・フォーラムに
出席したことがあるんですが、これは、すごい会議なんです。
世界中の超VIPが出てくるような会議で、残念ながら、そういうところに行って
ちゃんと議論する大物政治家は日本に一人もいないですね。
本当に一人もいないんです。でも、
ああいう場で知的なマナーに則った議論をしないと、
多様な国際社会ではわかってもらえないわけですね。
 国際的に日本を理解してもらう仕組みというのは、今の政治家と官僚と、
若干の政治学者と経済学者だけじゃ推計作れないんですよ。
やはり佐藤さんのようなコミュニケーションの専門家が本格的にこういう場で
活躍してもらわないと、私はダメだと思うんです。

佐藤

 外国に日本を理解してもらうという言葉で思ったんですが、
その前に僕たち日本人自身が自分の国のことをきちんとわかってないかもしれないですよね。
たとえば、いま日本は不況だ不況だって言ってますけど、どのくらい、
未来も含めて日本の状況が厳しいものなのか、
国民のみんなが真に受けとめてるのでしょうか。

竹中

 日本は大変だ大変だと言ってるこの最中、成田空港は日本人でごった返してるわけです。
あの喧騒を見た私のアメリカ人の友だちが、とうとう日本人が経済危機のため、
国外逃亡を始めたと思ったんです。
私が、彼らはバケーションに行くんだと説明しても、最初は信じてくれませんでした。
 今の日本国民の所得は、バブルのピークの頃に比べて10%上がっているんですよ。
GDPにして500兆円、1200兆円の資産を失った国の所得水準が上がっているんです。
不況なのが問題なんじゃないんです。
それに対して何の調整もしてこなかったのが問題なんです。
韓国でもインドネシアでもタイでも、経済危機の間に、
国民は所得を二割くらい下げてるんです。
日本だけが10%上がっている。
日本というのは、これだけの資産を失っている間にも、
所得が上がっているという世にも珍しい国なんです。
言い換えれば、それだけの経済力があったということです。
これだけの経済危機があっても揺るがないほどの体力があった。
不況に伴ういろいろな問題を解決するだけのリソースを持っていた。
お金も人材もあったということなんです。
それなのに、この10年間、何の調整もしてこなかったわけです。
今からでも、この資産デフレに対応するための調整をしなくてはいけないのに、
みんな、問題を先送りしようとするんです。

佐藤

 その「失われた10年(*)」に関しても、一般的には関心が低い気がLます。
韓国で経済危機が起きたとき、みんな自分が持ってる貴金属類を国に供出したり、
外貨を使わないように外国旅行は自粛したりって、
それこそ国民一丸となって国を再建するぞっていう意欲に燃えてたように見えたんですけど、
日本ではそういうことは起こりませんよね。
国が大変だ大変だって騒いでいても、それはそれとしてハワイに行く人も多いですよね。
僕は今は不況不況と言っても、何かまだ今までの惰性で十分な暮らしができるぶん、
かえって僕たち日本人が真剣になれないという気がしています。
日本が今、こんな岐路に立たされてる状況になっても
まだ油断している僕たちの気持ちが一番良くない気がLます。

 バブル崩壊後、1990年代の日本は深刻な不況期に入った.
金融政策のたび重なる失敗とそれによる不良債権の増大を背景に、
金融機関が相次いで倒産、経済成長率はほとんどゼロ、失業率は5%近くに上昇するなど経済力が低下した。
 にもかかわらず政治の混迷などで財革法の凍結など問題は
先送りされ続け、この10年で、本来通りの成長があれば
得られたであろう100兆円を失ったとの試算もある。


  竹中

 それで思い出したんですけど、ある経営者と話していたら、
大変おもしろいジョークを教えてくれたんです。
タイタニック号のジョークなんですけど、
タイタニックがいよいよ沈みそうになったときにですね。
女性と子供を先に逃がそうということで、船長が男性の乗客を説得して回るんですね。
最初にイギリス人の乗客のところに行きまして、こう言うんです。
「あなた方はジェントルマンなんだから、女性と子供に先を譲りなさい」。
イギリス人は納得してそうするんです。
それから、アメリカ人のところに行って、「あなた方は、ヒーローになりたくはないか」と。
「ヒーローになりたいなら女性と子供に譲りなさい」。
それからドイツ人のところに行ってこう言うんですね
「これはルールなんだから、守らなくてはいけない」。
ドイツ人は、守るわけです。
それから日本人のところに行ってこう言うんですね。
「みんながそうしてるんだから、あなたもそうしなさい」(笑)。

  佐藤

 とても面白いですね、よく考えると残念ですが。

  竹中

 日本人は、今までみんなと同じにやっていればよかったんですけど、
今はその仕切り直しをするときだと思います。
本当は我々の社会や政治の中には、
今のものを壊す仕組みというのを必ず持っておかなきゃいけないんですね。
 ところが、日本の今のシステムというのは、
それがないどころか逆に壊すまいとする非常に強固な仕組みがあります。
今の体制を守る仕組みはたくさんあるんです。
私たちは、場合によっては外圧をも味方につけて、
それらを打破していかなくてはいけませんね。

先頭 前 次へ TopPageへもどる