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著者:田坂 広志  ダイヤモンド社  2001年3月1日 発行

「まず、戦略思考を変えよ」
 (戦略マネジャー8つの心得)より、抜粋(第5話)

「山登り」の戦略思考を捨て、「波乗り」の戦略思考を身につけよ

この本を久しぶりに読み返してみた。最初に読んだ時の興奮をおもいだした。
出版されて10年弱過ぎたけれども、彼の予想(予測ではない)した方向へ、流れていることを実感してい
る。

 高度成長期には、”アメリカがくしゃみすれば、風邪をひく”とかアメリカで起きていることは10年後
には

日本でも起きる”などと言われていたような記憶がある。
 読み返して感じたことは、
10年前に”大企業”に起きようとしていたることが中小企業に起きているんじゃないか。大企業病が、す
でに・・・


地図と道筋」の戦略思考

 さて、ここまでの第1話から第4話では、
「市場の自由化」の嵐が、我々の戦略思考というものを
どのように変えていくかを述べてきました。
そこで、次に、これからの第5話から第8話では、
「市場の情報化」の嵐が、我々の戦略思考というものを
どのように変えていくかを述べていきましょう。では、
「市場の情報化」の嵐がやってきて、
次々と新しいビジネスモデルが生まれ、
突如として「競争ルールの変化」が生じる市場において、
我々は、どのような戦略思考を身につけなければならないのでしょうか?

 そのためには、まず、「山登り」の戦略思考を捨てる必要があります。

 では、「山登り」の戦略思考とはどのようなものでしょうか?
 それは、あたかも「山登り」をするときのように、
登るべき山の周辺の「地図」を広げ、
その山に登るための最適の「道筋」を定めるといった
発想の戦略思考のことです。
 すなわち、あたかも山登りをするときに、
登るべき山「頂上」(経営目標)を見定め、
現在立っている地点からその頂上までの「地形」(経営環境)を地図で調べ、
その頂上に登っていくのに最適の「道筋」(経常戦略)を
考えるといった思考のスタイルです。
 こうした「山登り」の戦略思考は、意識的にも、無意識的にも、
我々のなかに染み込んでいます。
 たとえば、昔から使われている経営戦略の手法に、
「特許マップ」というものがあります。
メーカーなどにおいて特許戦略を考えるとき、
しばしば用いられてきた手法ですが、
自社の特許が押さえている技術領域とともに、
競合他社の特許が押さえている技術領域についても調べ、それを、
一種の地図のように一覧にして示す方法です。
これを見ると、競合他社の特許との関係で、
自社の特許の置かれている位置がよくわかり、
どこに新しい特許が生まれる可能性があるか、
どこに新しい特許を生み出すべきかなど、
自社の特許戦略の方向がよく見えてきます。
 そして、これほど具体的に「地図」や「道筋」という発想を用いなくとも、
これまでの戦略思考のスタイルは、
多かれ少なかれ「山登り」とでも呼ぶべき発想にもとづくものでした。

「地形」が刻々変わる山登り

 しかし、現代の市場においては、残念ながら、
こうした「山登り」の戦略思考は壁に突き当たります。その理由は明確です。

 「地形」が、刻々変わるからです。

 地図を広げて「地形」を調べ、頂上に登るための最適の道筋を決めようとしても、
その肝心の「地形」そのものが、刻々変化してしまうのです。すなわち、
市場調査などを通じて経常環境を調べ、
その結果にもとづいて経営戦略を定めようとしても、
その経営環境が刻々変わってしまうため、
せっかく定めた経営戦略がすぐに現実に合わないものになってしまうのです。
(撰者の感想:この合わなくなっていることに“気づく”ことが、難しく、
経営能力(力量)とか発想力(ひらめき)を身につける資質を
持ち合わせている経営者か大事になる)
 その一例が、本書の冒頭で述べた「中期経営計画」のエピソードに他なりません。
 このことを、もう少し正確に述べておきましょう。
 もとより、経営環境というものは、それなりに毎日変化してはいるのですが、
これまでの市場においては、その変化の速度がそれほど速くはなかったのです。
そのため、経常戦略を考えるとき、
経営環境の基本的な傾向はある程度の期間続くということを前提に
戦略を決めることができたのです。
 それゆえ、これまでは、
中期経営計画などにおいて「三ヶ年計画」といった時間スケールで
戦略を考えることができたわけです。しかし、
繰り返し述べてきたように、
現代の市場は「ドッグ・イヤー」の様相を強めています。
過去の市場で七年間に起きた変化が、現代の市場では一年間に起きてしまうのです。
したがって、これまでの時間スケールで戦略を考えていると、
市場の変化の速度に追いついていけません。
 これは「山登り」にたとえていえば、
地図を広げて登坂ルートを考えている最中にも、
その地形が変わってしまうということです。そして、
新しい地形を調べて急いで地図を作り直そうとしても、
そもそも地形の変化が速すぎて、それさえもできないという状況です。
 しかも、問題はもっと深刻なのです。

 なぜならば、「山」が突然「谷」になり、
「谷」が突然「山」になってしまうからです。

 不連続に変化する「山と谷」

すなわち、現代の市場は、「山登り」にたとえていえば、
単に「地形が刻々変化する」という問題だけを突きつけてくるのではありません。
「地形が不連続に変化する」という問題をも突きつけてくるのです。
 つまり、その地形が変化するとき、それまで「山」であった場所が突然「谷」になり、
「谷」であった場所が突如「山」になってしまうのです。

 なぜならば、現代の市場においては、ある企業にとって「強み」であったものが、
突然「弱み」に変わってしまうからです。

 たとえば、「店舗ネットワーク」というものがそうです。
 これまで、企業の強みを表す形容句として、
「全国に三〇〇ヵ所の支店網を広げ」や「国内に五〇〇の代理店を持ち」など
という言葉が使われてきました。
こうした形容句や宣伝文句の背景にあったのは、
「広汎な店舗ネットワークを持っていることは企業の強みである」という発想でした。
しかし、いま急速に進行するネット革命は、
こうした「強み」を一瞬にして「弱み」に変えてしまいます。なぜならば、
ネット革命は「直販」のビジネスモデルを急速に市場に広げていくからです。
生産者から消費者へ直接的に商品を販売するというビジネスモデルです。
 たとえば、デル・コンピュータはこの直販方式でコンピュータを販売することにより、
驚異的な成長を遂げました。
インターネットを顧客チャンネルとして利用することにより、
実際の店舗を持たずに圧倒的多数の顧客をつかんだのです。
また、アマゾン・ドットコムも、この直販方式で書籍を販売することにより、
店舗を持たずに急速に事業を拡大した企業です。
 これらの例に象徴されるように、
ネット革命が「直販」のビジネスモデルを可能にしたことによって、
多くの企業が、

@ まず、店舗を持たずに顧客チャンネルを構築できる、
A その結果、店舗費や人件費を含む販売コストを大幅に削減できる、
B したがって、商品を低価格で販売できるため市場での価格競争力が強まる、


といった「強み」を発揮できるようになったのです。
 いま多くの業界、業種、企業において、
次々と、この「直販」のビジネスモデルが導入されている理由は、
各企業が、インターネットを利用して、
この「強み」を獲得しようとているからに他なりません。
 しかし、実は、問題はそれほど簡単ではありません。なぜならば、

「直販」のビジネスモデルを導入できない企業があるからです。

 直販モデルの「カニバリズム」

 それは、これまで圧倒的な数の支店や代理店を持つことによって
市場での兢争力を発揮してきた企業です。
まさに「広汎な店舗ネットワーク」を「強み」としてきた企業です。
 これらの企業は、それほど簡単には「直販」のモデルを導入できません。

なぜならば、「カニバリズム」(喰い合い)が起こってしまうからです。

たとえば、ある企業がインターネットのネット・ショップを開設し、
この直販方式によって、自社の商品を顧客に売り始めたとします。
すると、かならずといってよいほど、代埋店から厳しい声があがります。

 「ネット・ショップによって直販をするということは、
我々代理店の仕事を奪うことではないのか?
 これから我々は不要になるというのか?」

 また、たとえば、このネット・ショップにおいては
街頭ショップでの販売価格よりも安くして
顧客に商品を売ろうとしたとします。すると、
今度は社内の他の部門からクレームの声があがります。

 「なぜ、ネット・ショップでは同じ商品を安く売るのか。それでは、
街頭ショップで商品が売れなくなるではないか?」

 これが「カニバリズム」です。
要するに、身内同士の喰い合いになってしまうのです。
ネット・ショップが、支店や代理店と競合する結果になってしまうのです。
 これは、わかりやすくいえば、
「右足で左足を踏む」という状況になるということです。そこで、
この企業は、ネット・ショップの展開に「二の足を踏む」という結果になります。
笑い話のようですが、このような笑えない状況に陥ってしまうのです。
 そして、この瞬間に、この企業が持っていた「強み」が「弱み」に
変わってしまいます。
 この企業が持っていた「広汎な店舗ネットワーク」という「強み」が、
その店舗ネットヮークそのものが、
新しい戦略展開の足かせになることによって、
むしろ「弱み」になってしまうのです。このように、
現代の市場では、「強み」が一瞬にして「弱み」に変わってしまいます。

 新しいビジネスモデルが市場に生まれてくることによって、
これまで「強み」と思われていたことが、
逆に突然「弱み」に変わってしまうのです。
そして、ネット革命がもたらす様々な新しいビジネスモデルは、
こうした「不連続」な変化をしばしば市場に生み出していくのです。

 「サーフィン」というメタファー

おわかりになったでしょうか?

 このように、現代の市場での戦略を「山登り」にたとえるならば、
この新しい性質を持った市場において我々は、
単に「地形が刻々変化する」という問題だけに直面するのではありません。
「地形が不連続に変化する」という問題に直面するのです。
 昨日まで「山」であったところが、
一夜にして「谷」になるといった変化に直面することになるのです。
 そうであるならば、これは、もはや「山登り」と呼べるものではありません。
「山登り」とは、地形が一定であることを前提としたものだからです。
しかし、いま我々が直面しつつあるのは、あえていえば、
「刻々地形の変わる山登り」 であり、
「山と谷が一夜にして変わってしまう山登り」なのです。そして、それゆえ、
これまで有効であった「地図」や「道筋」という考え方そのものが
役に立たなくなってしまうのです。すなわち、いま我々は、
そうした「山登り」のメタファー(隠喩)では表現できない、
新しい「何か」に直面しつつあるのです。
 では、どうすればよいのでしょうか?

 メタファーを変えることです。

 これまでの「山登り」というメタファーではなく、新しいメタファーを用いて、
我々の戦略思考を変える必要があるのです。
 では、その新しいメタファーとはどのようなものでしょうか?

「波乗り」です。

 海におけるスポーツ、いわゆる「サーフィン」のメタファーが求められるのです。

 「犬の年」から「蝉の年」へ

 サーフィンとは、サーフボードと呼ばれる板を使って、
刻々変化する波に乗るスポーツです。すなわち、
波の形は瞬時に変化していきます。
そして、目の前にある波は、その場所に行くとすでに形を変えてしまっており、
先ほどまで山であったところが谷になり、谷であったところが山になっています
 そのため、サーファーは、乗っている波の刻々の変化を瞬時に感じとり、
その変化に合わせて機敏に体勢を変え、
バランスよく波に乗り続けることによって、
目的の方向に向かうわけです。
 そして、この「波乗り」のメタファーこそが、
現代の市場における新しい戦略思考を考えるときに有効なメタファーなのです。
 繰り返しになりますが、
現代の市場においては、もはや「山登り」の戦略思考では
現実の急速な展開に対処することはできません。
 これまで、現代の市場の変化の速さを
「ドッグ・イヤー」(犬の年)という言葉で表現してきましたが、
最近ではその速さがさらに加速しているため
「シカダー・イヤー」(蝉の年)という言葉さえ使われるようになってきています。
したがって、それほど速く変化する市場に対応するためには、これまでのような、

(1)登るべき山の頂上を見定める(明確な経営目標を決定する)
(2)その山の周辺の地形を調べる(経営環境を詳細に分析する)
(3)頂上に登るための道筋を決める(経営戦略を具体的に立案する)
(4)その道筋に従って登っていく(経営戦略を正確に実行する)

といった戦略思考のスタイルでは限界があるのです。
むしろ、これから求められるのは、あえて比喩的に述べるならば、

(1)波乗りによって向かうべき方向を定める(ゆるやかなビジョンを描く)
(2)乗っている波の刻々の変化を感じとる(環境変化を刻々に把握する)
(3)刻々の波の変化に合わせて瞬時に体勢を変化させる(経営戦略を迅速に修正する)
(4)波と一体となってめざすべき方向に向かっていく(経常戦略を柔軟に実現する)


 といった戦略思考のスタイルに他ならないのです。

 「偶然性」のマネジメント

 しかし、こう述べると、読者のなかには、
「何だ、要するに、迅速かつ柔軟に戦略を変えろということか」
「煎じ詰めれば、臨機応変に環境変化に対応する戦略のことだろう」
と感じられる方がいると思います。
(撰者の感想:このような短絡的なステレオタイプの考えからは、
戦略の変え方(発想)や臨機応変な戦略変更の方法(方向感覚)は
見出せないだろう。)
 しかし、それは少し違います。
 「波乗り」の戦略思考とは、
単に環境変化に迅速かつ柔軟に対応するための戦略思考ではありません。
 その本質は、もう少し深いところにあります。

それは、「偶然性のマネジメント」ということです。

 すなわち、「波乗り」の戦略思考とは、
「偶然性」というものを積極的に活用しようとする戦略思考なのです。
市場の環境変化や企業の意思決定にともなう「偶然性」というものを否定的に受けとめ、
排除しようとするのではなく、肯定的に受けとめ、
活用しようとする戦略思考なのです。
 裏返していえば、これまでの「山登り」の戦略思考は、
基本的にこの「偶然性」というものを否定し、
排除しようとしてきました。
山登りにおいては、事前にできる限り詳しく地図を調べ、
登坂ルートを調べることによって、緻密な登山計画を立て、
その計画からできる限り不確実性や偶然性を排除することによって、
その登山を成功させようとします。
 これと同様に、「山登り」の戦略思考においても、
できる限り詳細に経営環境を分析し、
できる限り正確にその変化を予測することによって、
経営戦略というものから「偶然性」というものを
可能な限り排除しようとしてきたのです。
 これに対して「波乗り」の戦略思考は、むしろ、
経営環境というものはある程度までしか分析できないものであり、
その変化は正確には予測できないものであることを覚悟した戦略思考といえます。
したがって、それは、経営戦略というものから「偶然性」というものを排除せず、
むしろそれを積極的に活用しようとするものなのです。

 「偶然」と「意志」の弁証法

 たとえば、ベンチャー企業との戦略的提携などが、
そうした「波乗り」の戦略思考の典型です。

これまでの大企業は、市場において、突然、
ベンチャー企業が新しい技術を開発したり、新しいサービスを提供し始めたとき、
それが自社の戦略に沿ったものでない場合には、
その戦略の修正を余儀なくされることを嫌い、
このベンチャー企業の動きを無視するか、
場合によっては排除する傾向がありました。しかし、
最近の市場においては、
こうした予期せぬ形で出てくるベンチャー企業の動きを
積極的に自社の戦略に取り入れ、それによって
自社の戦略の進化を促そうとする大企業が増えてきています。
(撰者の感想:適応(対応)する人材、資金に不安を抱えている中小企業、
その経営者にとっては、難しい決断になるだろう。しかし、
ズルズルと人材と資金を消耗させるのも事実だろう)
 そして、こうした戦略をとる経営者は、このような打ち手を、
しばしば「社内にゆらぎを取り込む」と表現します。
企業の外部から与えられる「ゆらぎ」を、企業内部を活性化させ、
組織や戦略の進化を促すために意図的に活用しようとしているわけです。
 「自己組織化」の研究でノーベル賞を受賞した化学者、イリヤ・プリゴジンは、
「ゆらぎを通じてのシステムの進化」という考え方を述べていますが、
この経営者が試みていることも、まさに、
「ゆらぎを通じての企業システムの進化」に他なりません。
 そして、「波乗り」の戦略思考における「偶然性のマネジメント」とは、
たとえば、こうしたマネジメントのことです。
 すなわち、予想もしていなかったような出来事が、
市場において突然生まれてきたとき、それに慌てふためいて、
それを無視したり、排除したりするのではなく、
その予想外の出来事を「天の声」と考えて虚心に認め、
それを積極的に活用することによって戦略の進化を促すという戦略思考のスタイル。
それが、「偶然性のマネジメント」に他なりません。
 これを「波乗り」にたとえていえば、
予想もしていなかったような波が突然やってきたとき、
その波を真っ向から否定するのでもなく、また、
それにただ流されるのでもなく、その波を「好機」として巧みに乗りこなし、
その波の力を生かして前に進んでいくというスタイルです。
 すなわち、それは、「偶然」というものを積極的に利用しつつ、
あくまでも自らの「意志」の求める方向に向かっていくという
戦略思考のスタイルなのです。
 そして、そこにもまた、「弁証法」があります。

「偶然」と 「意志」 の弁証法です。

 すなわち、波に運ばれることの「偶然」と、
その波を乗り切ってめざす方向に向かおうとする「意志」の弁証法。
 「偶然」に任せているようで、明確な「意志」を持ち、
「意志」に従っているようで、「偶然」を積極的に生かす。

そうした弁証法的な思考こそが、「波乗り」の戦略思考の本質なのです。

 おわかりになったでしょうか? 
「波乗り」の戦略思考とは、
単に環境変化に迅速かつ柔軟に対応するための戦略思考ではありません。
 それは、「偶然性のマネジメント」とでも呼ぶべき、
深みある思考のスタイルに他ならないのです